解説者のプロフィール

坂井学(さかい・まなぶ)
坂井医院院長。1949年鳥取県出身。大阪大学医学部卒業後、大阪府下などの複数の病院で勤務医を経て、1999年に坂井医院(和歌山市)を開設し、現在に至る。坂井医院での診療で延べ15万人以上の患者さんと向き合い、現代医療では治りにくい人の多くを治ゆに導いている。2011年に著書「『体を温める』とすべての痛みが消える」(マキノ出版)を出版して、amazon1位となり、現在もロングセラーを続けている。その卓越した治療法は、健康雑誌として著名な『壮快』『安心』などで掲載される。これまでに招待講演会などを全国各地で100回以上行い、医療に対する根元的な視点を示して強い支持を受けている。
細胞の機能を高めて「痛みが治る」生き方にシフトしよう
痛みが出たら、まずやるべきなのは、細胞の修復と筋肉組織の再構築がスムーズに進むように手助けすることです。
次に取り組むべきなのは、健康な体を取り戻し、再び痛みをぶり返さないために、細胞機能を高めて体の基盤を整えることです。そのためには、細胞にダメージを与える生活習慣を、一つひとつ正していくことが重要です。
細胞にダメージを与える主な原因は、冷飲食、口呼吸、重力エネルギー、新型栄養失調、運動不足または過度な運動です(前記事を参照)。
ということは、細胞機能を高めるには、温飲食、鼻呼吸、重力エネルギーからの解放(骨休め)、栄養素をきちんととること、適度な運動をする、という生活習慣を心がければいいということです。
順番に説明していきましょう。
飲食物は温かくしてとる
細胞にとって、温度はとても重要です。
通常、人間の細胞が活動している温度は37℃です。それより1℃でも下がってしまうと、細胞の活動は衰え、元気を失ってしまいます。細胞を使った実験でも、温度は厳密に37℃にセットして行われています。
特に気をつけなければならないのは、飲食物の温度です。体温の37℃より冷たいものを摂取すると、胃腸の細胞がダメージを受け、消化吸収機能が低下します。
また、免疫力のかなめとなる白血球(血液中に存在する免疫細胞の主体)の7〜8割は、腸に存在します。そのため、腸の細胞がダメージを受けると、免疫機能も低下してしまいます。
胃腸は非常に重要な臓器です。口にしたもので、体によいものを吸収して、悪いものは入れないという「バリア機能」を持っています。その機能を冷たいものでダメにすると、よいものが入らず、悪いものが入ってしまうことになりかねません。それが全身の細胞にダメージを与えることで、さまざまな慢性的な病気をまねく危険性があるのです。
冷たいものを体に入れると、体は急いでその温度を上げようとします。例えば、0℃の水を飲めば、それをすぐに37℃にする必要があります。エネルギーがむだに消費されてしまいます。本来は、体調のコントロールに使われるはずのエネルギーが、奪われてしまうのです。そのため、体調が乱れてしまいます。
こうした細胞へのダメージを防ぐために、取り組んでいただきたいのが「温飲食」です。冷たい飲食物を避け、食べものも飲みものも、温かい状態でいただくよう心がけてください。
「体を冷やさないためには、常温や、ぬるいぐらいの温度でOK」と考えるのはまちがいです。胃腸の細胞は、37℃の状態です。それにダメージを与えないためには、37℃以上のものを摂取する必要があります。
口に入れるときの食べものや飲みものの温度は、体温より少し高めの40℃前後が最適です。この40℃という温度は、お風呂でもわかるように、決して熱くはありません。「しっかり温かい」という感じです。ちなみに、赤ちゃんのほ乳びんのミルクの温度は、ほぼ40〜42℃です。
野菜は、ゆでたりして温野菜で食べるか、生野菜なら少し熱めのスープなどにひたして食べるといいでしょう。私は果物もフライパンで炒めて食べています。最初はとまどうかもしれませんが、温めると味や甘みが濃くなり、慣れてくると温めたほうがおいしく感じられます。ぜひお試しください。
飲みものは常温や、冷たいものではなく、40℃前後の温かい白湯か、お茶にしましょう。アルコールは、細胞にとって毒なのでお勧めしません。どうしてもほしい場合には、焼酎のお湯割りにしましょう。ただし、飲みすぎにならないように注意してください。
健康のために何を食べるかも大切なことですが、細胞の活動を正常に保つためには、常に胃腸を温める意識を持って、口に入れるものの温度を選ぶことが大切です。

口呼吸をやめて鼻呼吸にする
街中を歩いていると、ポカンと口があいている人をよく目にします。これは口呼吸になっている証拠です。
前述のとおり、呼吸は本来、鼻でするものです。鼻には高性能の空気清浄機能と加温・加湿機能が備わっています。ですから、鼻呼吸をしていれば、菌やほこりなどを取りのぞいた清浄な空気が、加温・加湿されて肺・気管支に届けられるのです。
すべてのほ乳類は、鼻呼吸です。口呼吸ができるのは、1歳以降の人間だけです。言葉を話すようになったために、人間だけが、口で呼吸できるようになりました。しかし、本来、口は食べたり、話したりするための器官で、呼吸をするための器官ではありません。そのため、鼻のように空気を清浄にしたり、加温・加湿したりする機能は備わっていないのです。
口で呼吸をすると、体温よりも低い外気が口の中に入り、口の中の温度が下がって乾燥します。そうなると、免疫に重要な役目を受け持つ、扁桃内の白血球がダメージを受け、免疫力が低下します。口の中の環境も悪化し、バイ菌がふえたり、歯肉の細胞が劣化したりして、機能低下を起こします。
また、バイ菌やほこりがまざったままの、冷たく乾燥した空気が、直接、気管や肺に入るため、気管・気管支・肺の細胞にもダメージを与えます。
口呼吸は、細胞にダメージを与える大きな原因の一つです。今すぐにでも口で呼吸するのをやめて、鼻で吸って鼻から出すことを心がけましょう。
鼻呼吸が無意識にできるようになるまでは、口をしっかり閉じることを常に意識しましょう。自分では閉じているつもりでも、知らぬ間に口が開いている人は多いものです。自分の口元に意識を向けて、口が開いたままにならないよう気をつけてください。
睡眠中は、だれしも多少なりとも口呼吸になります。医学博士の西原克成先生の言葉でいうと、「人生の悪しき宿命」です。目が覚めたとき口の中がかわいている人、いびきをかく人は、特に長時間、口呼吸になっています。
寝ているときに口呼吸にならないようにするには、かぶれにくい医療用のテープ(25ミリ幅のサージカルテープなど)を口に貼って寝ます。近ごろは、口呼吸を防ぐための専門のテープも販売されています。くちびるをすべておおうよう、テープを横にして貼ってください。
口テープに慣れていない人は、まず日中に練習してからにしましょう。カゼをひいているとき、セキが出ているときなどはしないでください。中耳炎になりかねません。
私自身も、毎日口にテープを貼って寝ています。すると、朝起きたときの口のベタつきなど、いやな感じがなくて快適です。
同じように口にテープを貼って寝ている患者さんからは、「朝起きたときに、のどのかわきがなくなった」「睡眠が深くなった」「夜間にトイレに起きなくなった」「睡眠時無呼吸症候群(睡眠中に呼吸が止まってしまう病気)が改善した」という声も聞かれています。
温かいお湯でうがいをするのも、口の中のバイ菌をへらし、加湿・加温するのに有効です。このときも、必ず40℃前後のお湯かお茶でうがいをします。回数は多ければ多いほどいいので、ぜひ習慣化することをお勧めします。

1日8時間以上横になって休む
重力エネルギーは、私たちの体に大きな負担を与えます。直立二足歩行する人間が受ける重力は、四つ足動物の約2倍といわれています。重い頭部を支え、姿勢を維持するのに、筋肉や骨格は多大なエネルギーを使っているのです。
重力エネルギーを受け続けると、筋肉や骨格の細胞に疲れがたまるだけでなく、骨髄(骨の内部の組織)の細胞にもダメージが及びます。骨髄は造血機能(赤血球や白血球などの血液成分をつくるはたらき)を担当しています。姿勢の維持に多くのエネルギーが使われると、造血機能に回すエネルギーが不足し、造血機能が低下します。
また血液も、重力に逆らって循環しています。ですから、血液を全身に巡らせるポンプの役割をしている心臓や太い血管だけでなく、毛細血管などの細い血管にも、重力エネルギーによって多くの負担がかかっています。
地球上に暮らしている以上、私たちは重力エネルギーの影響を受けずに過ごすことはできません。そこで大切になってくるのが、重力エネルギーを受けた体をしっかり休めること。すなわち、「骨休め」です。
重力エネルギーの影響が最も少ないのは、体を水平にした姿勢です。つまり、横になって休むことで、重力エネルギーから一時的に解放され、疲れた筋肉や骨格、心臓を休めることができるのです。
ミトコンドリア(細胞の中にあって、エネルギー生産を担当する小器官)でつくられたエネルギーは、座っていたり、立っていたりすると、重力エネルギーに対抗するのに使われます。骨休めをすることで、新陳代謝にエネルギーを回せるのです。
骨休めは、健康な成人なら1日8時間以上、体力が弱っている人なら1日10時間以上が目安です。これは、睡眠時間をふくめたものです。10時間の骨休めが必要な人であれば、睡眠時間が7時間とすると、それ以外の日中などにゴロンと横になる時間を3時間つくってほしいのです。
続けて時間をとるのがむずかしければ、睡眠時間7時間+昼に1時間+夕方に2時間というように、細ぎれにしてもかまいません。
「なかなか寝つけない」「すぐに目が覚めてしまう」という人も、ご安心を。眠らなくても、横になっているだけで体はじゅうぶん骨休めができています。姿勢は、あおむけでもうつぶせでも横向きでも大丈夫です。とにかく横になってさえいれば、テレビを見たり、音楽を聴いたりしていてもかまいません。
骨休めの時間をじゅうぶんにとれば、細胞の生命エネルギーをためて、ダメージを修復したり、再び痛みが出ないようにしたりすることができます。横になってたっぷり休むことが、「痛みが治る」生き方に通じるのです。

細胞に必要な栄養素をしっかりとる
細胞の基本的な生存条件の一つは、栄養です。栄養が不足すると、細胞は元気がなくなり、きちんと活動できなくなります。痛みのない健康な体を手に入れるために、日々の食生活にも気を配りましょう。
細胞が元気に活動するために必要な栄養素は、良質なたんぱく質と脂質、それにビタミン・ミネラルです。これらは、私たちの体の主な構成要素であり、新陳代謝でも重要な役割を果たしています。細胞の生存条件として、これらが不足しないように、食事からきちんと摂取することが大切です。
なお、これまでの記事で述べたように、「脊柱管狭窄症」によるとされる痛みやしびれの原因は、筋肉細胞のダメージにあります。痛みの再発予防には、良質の筋肉にすることが大切です。
筋肉は、筋線維細胞と、それを束ねる筋膜(コラーゲンなど)からなります。良質な筋肉は、良質なたんぱく質代謝からつくられます。ですから、栄養はとても重要なのです。
たんぱく質は、動物性たんぱく質をしっかりとりましょう。
私たちの体の構成成分であるたんぱく質は、20種類のアミノ酸で形成されています。そのうち9種類が、体内では合成できないため、食事から摂取する必要がある「必須アミノ酸」です。植物性たんぱく質だけでは、必須アミノ酸をじゅうぶんにはとれません。
特に必須アミノ酸をバランスよくふくんでいる、プロテインスコア(食品中の必須アミノ酸の含有比率を評価するための数値)が100点の食品は、卵とシジミだけです。
シジミはそんなにたくさん食べられるものではないので、卵を積極的に食べるといいでしょう。卵は1日4個ぐらい食べても大丈夫です。生で食べるのは避けて、ゆで卵や卵焼き、オムレツなど、熱を加えて食べるようにしてください。
「血中コレステロール値が上がるから、卵をたくさん食べるのはよくない」というのは、古い俗説です。厚生労働省の食事指針でも、その考えは否定されています。
牛・豚・鶏などの肉類、魚など、動物性のたんぱく質をしっかりとりましょう。
脂質は、酸化しにくい飽和脂肪酸を選んでください。というのも、脂質が酸化すると、全身の細胞に酸化が及び、全身がサビだらけになってしまうからです。
酸化しにくいものは、まず動物性脂質です。動物性脂質は血液をドロドロにしてしまうという俗説を信じている人がたくさんいらっしゃいます。しかし、栄養学的にみても、それは誤りです。細胞膜を丈夫にしたり、良質のエネルギー源になったりしますので、安心してとってください。
ココナッツオイルも、積極的にとってほしい飽和脂肪酸です。良質のエネルギー源ですし、認知症の予防にもなるという報告もあります。オリーブオイルやオメガ3系の亜麻仁油、エゴマ油などは、酸化に気をつけてとってください。魚油もお勧めです。
その他の多くの植物性脂質は酸化しやすく、細胞にダメージを与えるので、なるべく避けたいものです。不自然に加工されたトランス脂肪酸が多くふくまれるマーガリンは、特に避けることをお勧めします。
ビタミン・ミネラルを効率よく摂取するには、いろいろな食材をはば広く食べることが大切です。特に、良質の動物性食品、野菜の摂取を心がけましょう。
そして、栄養面でもう一つ気をつけてほしいのが、糖質のとりすぎです。
糖質はエネルギー源にはなりますが、体の構成要素ではありません。それどころか、糖質のとりすぎは代謝に悪い影響をもたらします。たんぱく質や脂質が糖と結びつく「糖化」反応がふえ、たんぱく質を変質させたり、ホルモンの分泌が過剰になったりします。
ごはん、パン、めん類などの炭水化物にかたよった食生活、砂糖や小麦粉を使ったお菓子の食べすぎを避け、糖質のとりすぎにならないように注意してください。

軽い運動で筋肉をほぐす
痛みが強いときは、「痛みをがまんしてまで運動するのはよくない」と前記事で述べました。ダメージを受けた筋肉の細胞を、まず修復することが最優先すべきだからです。
したがって、動くときには痛みのなるべく少ない動作を心がけてください。痛みがそれほど強いものではなくなってきたら、軽く筋肉を動かすようにしましょう。痛みをあまり感じない動きによって、筋肉は伸び縮みできます。
これにより、筋肉内の血液循環がふえて、筋肉の細胞のダメージが回復されやすくなります。こうして筋肉をほぐすことにより、自然治ゆがうながされます。
ただし、くれぐれもハードな筋力トレーニングなどはしないでください。過度な運動は、再び筋肉細胞にダメージを与えることになりかねません。運動の目的は、「きたえる」ことではなく「ほぐす」ことです。
メジャーリーガーのイチロー選手に会った人に聞いた話です。彼の筋肉はとてもやわらかいとのこと。まるで、指が入っていきそうなほど柔軟だそうです。それでいて、打撃練習では何本もホームランを打てるのですからおどろきです。がっちりと盛り上がった筋肉ではなく、柔軟に伸び縮みできるしなやかな筋肉だからこそ、思いどおりに動かせるのです。しなやかな筋肉は、ケガをしにくいという大きな利点もあります。
逆に、ボディビルダーの筋肉は、見てのとおりガチガチです。ところが、一見強そうに見えても、スポーツのような技を必要とする動きは不得意だそうです。
私たちが日常生活で必要なのは、硬くて大きい筋肉ではなく、思いどおりにしなやかに動く、故障の少ない筋肉です。ハードな筋トレできたえる方法では、このようにしなやかな筋肉はつくれません。ほぐして柔軟にすることが大切です。
前記事で紹介した、血液循環をよくするためのテニスボールによる「ライトストレッチ{bold:end}」は、筋肉を直接ほぐすのに有効な方法です。それに加えて、痛みが治まってきたら軽い運動で体を動かし、間接的に筋肉をほぐすことも行っていきましょう。
お勧めの運動は、散歩、もしくはラジオ体操です。
散歩は1日30分以上を目安に、ゆっくり歩きましょう。ラジオ体操も無理をせず、体をゆっくり動かすつもりで行ってください。どちらも「筋肉をきたえよう」と意気ごむ必要はありません。最初は少しから始めて、痛みが回復するにしたがって、少しずつふやすといいでしょう。
散歩やラジオ体操は、バランス感覚をよくすることにも役立ちます。脊柱管狭窄症の痛みでお悩みのかたのなかには、高齢のかたもたくさんいらっしゃいます。高齢のかたにとって心配なことは、転んで骨折し、寝たきりになることです。
人はだれしも、転びそうになったり、転んでしまったりした経験を何度もしているはずです。そのときに、転ばずにすんだり、あるいは大ケガをしたりしないような上手な転び方を、本来、本能的にできるものです。
それが頭でわかっていても、体がちゃんと使えていないと、骨折などの大ケガへとつながります。そのような危険を予防するのに大切な能力が、バランス感覚です。
歩くときは、一歩ふみ出すごとに必ず片ほうの足で立つ瞬間があります。バランス感覚が悪いと、安定して歩けません。つまり、散歩することでバランス感覚がよくなっていきます。立って行うラジオ体操も、同様にバランス感覚をよくします。回復期に適度な運動を行うことは、ダメージのない元気な細胞を維持して痛みが再発しない体をつくるとともに、高齢のかたの転倒・骨折による寝たきりの予防にもつながります。

なお、高齢のかたの骨折予防というと、骨密度を高めることばかりが重要視されがちです。けれども、骨密度はカルシウムなどのミネラル類だけを測定したものです。
骨折しにくい骨格をつくるには、ほんとうにそれだけでじゅうぶんでしょうか? 鉄筋コンクリートを思い浮かべてください。
鉄筋コンクリートは、コンクリートと、その芯として鉄筋を組み合わせて作ります。強い鉄筋コンクリート作りには、良質のコンクリートだけでなく、鉄筋もしっかりしていることが大事です。仮に、鉄筋が細くてフニャフニャならば、いくらコンクリートだけ強くしても欠陥品になってしまいます。
鉄筋にあたるのが、コラーゲンなどのたんぱく質です。カルシウムやマグネシウムなどのミネラル分がコンクリートにあたります。ですから、カルシウムにかたよった骨粗鬆症対策では、骨折しにくい骨格にならないことは、おわかりだと思います。
ミネラルだけでなく、たんぱく質もじゅうぶんにとること、運動によるバランス感覚、そして日光浴など、総合的な対応が必要です。そうしてこそ、「骨折→寝たきり」というつらい老後の生活にならないで過ごせます。
おすすめの本
なお、本稿は『脊柱菅狭窄症を自分で治す本』(マキノ出版)から一部を抜粋・加筆して掲載しています。詳細は下記のリンクよりご覧ください。