解説者のプロフィール

萩野仁志(はぎの・ひとし)
自らの耳管開放症を治した経験から、西洋医学と東洋医学を融合させた独自の治療体系を確立し、成果を上げる。耳管開放症の名医としてインターネットで話題となる。東海大学医学部卒業。はぎの耳鼻咽喉科院長。東海大学医学部専門診療学系漢方医学教室非常勤講師。クラシック&ジャズ・ピアニストとしても活動。共著書に『「医師」と「声楽家」が導く 人生最高の声を手にいれる6つのステップ』(音楽之友社)などがある。
実は、私も耳管開放症だった
私のクリニックでは、耳管開放症の患者さんに、①漢方薬治療、②EAT(上咽頭擦過治療)という2つの治療法を併用することで成果を上げています。
こうした治療方針が固まるまでには、それなりの軋轢や試行錯誤がありました。
そもそも私自身が、自律神経失調症(意志とは無関係に体の機能を調節している自律神経の乱れによるさまざまな不快症状が起こる病気)に悩まされ、かつ、耳管開放症でもあったのです。
完全に耳管が開放していたわけではありませんが、耳抜きがうまくできなかったり、耳管開放症の人によく見られる、鼓膜がブルブル震える症状などがあったりしました。いわば、自分自身が「元祖・耳管機能不全による耳管開放症」だったのです。
私が耳管開放症になってしまったのは、ある病気がきっかけでした。2007年のことです。その当時、プライベートで大きなストレスを感じる出来事がありました。ストレスで心身に負荷がかかっている最中に抗菌剤を飲んだところ、その薬の副作用で、とんでもない難病になってしまったのです。
それが、スティーヴンス・ジョンソン症候群(皮膚粘膜眼症候群)です。
この病気は、高熱や全身倦怠感などを伴って、発疹、発赤、やけどのような水ぶくれなどの激しい症状が、比較的短期間に全身の皮膚、口、目の粘膜に現れる疾患です。薬剤アレルギーの最重症のものといってもいいでしょう。
悪化すれば、致死率が40%にも上ります。私の場合、目がチカチカし、口の中の粘膜に水疱ができて腫れ上がっていました。それがさらに悪化すれば、全身がやけどのようになって死ぬのです。
この病気になり、治療のためにステロイド(副腎皮質ホルモン)薬を数日点滴する治療と、その後1ヵ月のステロイド薬の内服治療が終了したあとから、耳管開放症だけではなく、全般的な体調不良が続き、体がひどく冷えるといった、自律神経失調の症状も頻発していました。
さらに、全身の筋肉が衰えていました。午前中はなんとか立っていることができますが、午後になると、もう自力では立てなくなってしまいます。しっかりした声も出せなくなりました。このため、午後は休診していました。
この状態に対する治療は、ステロイド薬の再投与でしたが、私は、ステロイドに頼るのではなく、別の方法で、なんとかこの体調不良を克服しようとしたのです。
■ステロイド点滴のあとに起こった原因不明の体調不良を、ステロイドに頼らずに克服したかった
「病巣疾患」というキーワード
克服のきっかけとなったのが、EATでした。私は以前から、EATの効果について関心がありました。前記事までに何度も説明してきたとおり、EATは、慢性炎症の起こっている上咽頭に対して塩化亜鉛の溶液を塗って、炎症を鎮める治療です。
私は以前から、急性の上咽頭炎を併発していて、3~4日、熱の下がっていない患者さんに、EATを行うと、たちまち熱が下がることはわかっていました。
そもそも、急性炎症の治療にのみ行ってきたこのEATを行うと、急性炎症の熱が下がるだけではなく、もっと多くの効果もあるかもしれないと、試し始めたのです。
例えば、自律神経失調の典型的な症状の1つである、朝起きたときの鼻水。朝起きたときに、鼻水がポタポタたれる症状ですが、これは、「気温差アレルギー」と呼ばれています。
これは文字どおり、気温差によって出る鼻水で、本来のアレルギー症状ではありません。この、いわゆる気温差アレルギーは、治らないものとされてきました。そもそもアレルギーでもなんでもありませんから、アレルギーの治療薬を飲んでもよくならないのです。
そんな症状が、EATをするだけでよくなる患者さんが続出しています。気温差アレルギーが改善するのと同様に、上咽頭の慢性炎症が治まると、冷えや、さまざまな不定愁訴がよくなっていきます。
なかでも印象的だったのは、ある高齢の女性のケースでした。この女性は、体調不良が4年も続き、初診のときには、駅の階段も上がれず、エレベーターを使っていたということでした。
それが、EATの治療を3回受けたら、駅の階段を楽に上がれるようになったといいます。その後も定期的にEATを続けたところ、耳鳴りが消え、慢性副鼻腔炎がよくなりました。そして、のどの違和感や口内炎が治り、カゼをほとんどひかなくなり、持病のぜんそくも起こらなくなった、と報告しにきてくれました。さらに肺炎が起こりにくくなり、花粉症も軽くなったというのです。
私の場合も、EATによって、かなり驚くべき効果が現れました。
それは、私自身の筋力低下に対する改善効果でした。それまでは、筋力が低下したせいで、午後になると立っていられなくなっていました。それが、EATを行ったところ、午後でも立てるようになったのです。さらに、声も出るようになりました。このとき、自分の耳管開放症の症状もよくなっていることに気づきました。
こうした治癒のプロセスから、見えてきたものがありました。
声が出ないというのは、声帯と、それをとり巻くのどの筋肉の筋力低下によるものです。全身の筋力が低下して立っていられなくなったように、のどの筋力も衰えていたわけです。
ならば、耳管を支える筋肉にも同じことが起こっているとしたら、どうだろう? 耳管を支える周囲の筋肉の筋力低下が起こると、本来の耳管の機能も失われてしまうのではないか。EATによる自分自身への治療は、耳管開放症の不思議さを解明するうえで大きなヒントを与えてくれました。
病巣疾患という概念があります。病巣疾患とは、体のどこかに細菌感染などが関与した炎症を持つ部位があって、その炎症の起こった場所とは異なる、離れた部位に病気が起こることです。
口腔や鼻腔、咽頭に炎症(病巣)が生じたとき、それが、免疫系や神経系を介して全身の免疫、神経機能に影響を及ぼし、結果的に口腔や咽頭とは一見関係がなさそうな、さまざまな体の不調や疾患を引き起こします。
こうした病巣疾患の考え方がまさに、私のケースに当てはまることになります。
上咽頭の慢性炎症という病巣があり、それが、自律神経の失調だけではなく、全身の筋力低下を引き起こしていました。足が立たないだけでなく、声帯や耳管をとり巻く筋肉も弱り、それぞれの機能を低下させていたと考えられます。
そんなときに上咽頭の慢性炎症の治療を行うことで、それぞれの機能が回復され、症状がよくなる可能性があるということです。
私は、EATに加え、ある内科医の勧めで、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を服用し始めました。
難病の原因となったストレスと病気による消耗によって、私の体力は大きく削り取られ、精神的にも落ち込んでいました。今考えると、ステロイド点滴で命を取り留めたものの、そのリバウンド(好転反応)としての副腎疲労で心身ともに疲弊した状態だったと思います。
この状態が改善されないままでは、EATによって上咽頭の炎症をいったん鎮めることができても、また炎症が復活してしまうおそれがありました。そんななか、ステロイド投与後になりやすい「瘀血(おけつ)(血液の滞り)」の状態だった私のために、内科医が選んだのが、桂枝茯苓丸だったのでしょう。
私は、こうしたEATと漢方薬によって、スティーヴンス・ジョンソン症候群のステロイド治療後に生じた、重い自律神経失調による症状を、3年かけて克服したのです。当然、耳管開放症もよくなりました。
特に体調がすぐれないときを除けば、今では、耳管開放症の症状に悩まされることはありません。
その後、いろいろな患者さんにEATを試し始めたところ、評判を聞きつけ西洋医学で治らない病気を抱えた人が、どんどん私のクリニックにやってくるようになりました。もちろん、耳管開放症の人もたくさんいらっしゃいます。
こうして、私自身を第1の実験台として始めたEATと漢方薬治療は、しだいに多くの患者さんに試すことで、治療の2つの柱として確立されたといえるでしょう。
■漢方薬で心身の疲弊対策を行った
現代西洋医学の3つの短所
私自身、西洋医学の医師として患者さんの治療に当たってきましたが、しだいに現代西洋医学に対する疑問を抱くようになりました。特に耳管開放症という不思議な病気に関心を持つようになって以来、現代西洋医学が抱え込んでいる問題を意識せざるをえなくなったのです。
すでにお話ししてきたとおり、耳管開放症という病気は、従来の西洋医学的なアプローチでは、じゅうぶんに対応しきれません。現行の、西洋医学中心の医療の問題点はいろいろいわれていますが、耳管開放症がかかわる点からまとめると、次の3点になるでしょう。
①検査至上主義
②3分間診療
③対症療法(症状を軽減するための治療法)の限界
①検査至上主義の問題
耳管開放症は、詳細な問診や、鼓膜の詳細な観察で診断されることが多く、検査だけでは異常が発見されないことがしばしばあります。聴力検査をしても、聴力が低下していないことはよくありますし、ほかのさまざまな検査で異常が出ないと、「あなたは正常です」「どこも悪くありませんよ」といわれてしまいます。
西洋医学の検査至上主義の考え方からすれば、検査数値や画像診断で異常が出ていない患者さんに対して、西洋医学は疾患を認めません。西洋医学は科学に基づき、根拠に基づいた医療(EBM=Evidence Based Medicine)を行うものだからです。
異常がない=健康体だとすると、治療のより所がなくなります。そうした条件下で治療を行うことは、根拠に基づかない、やってはいけない治療ということにもなりかねません。
しかし、検査や画像診断だけで、すべてがわかるわけではないのです。耳管開放症のような、とらえどころのない病気の場合、検査や画像診断に頼り切りになると、それこそ病気をつかまえそこねてしまいます。
②3分間診療の問題
そして、こうしたつかまえにくい病気を相手にしたときこそ、医師は患者さんからじっくり話を聞くことが重要ですが、俗に「3分間診療」と呼ばれる短時間の診療の形態では、患者さんからの詳しい聞き取りはとうていできません。
私はよく患者さんから、「以前かかったお医者さんはずっとパソコン画面を見つめているだけで、私のほうを一度も見ませんでした」とこぼされることがあります。こうした機械的な対応をしていると、患者さんの訴えに注意深く耳を傾けられません。
当然ながら、患者さんの話のなかに出てくる、耳管開放症の診断のための重要なポイントをピックアップできないでしょう。その結果、耳管開放症が耳管狭窄症として対応されることが、たびたび起こっているわけです。
確かに耳鼻咽喉科の多くの医師が診療に追われ、1人ひとりの患者さんにじゅうぶんな問診の時間を割くことができない現状があります。
しかし、その結果として、耳管開放症に悩む多くの患者さんは、耳管狭窄症として効果的でない治療を施されたり、「気のせい」といわれ、つらい症状を抱えたまま放り出されてしまったりしているのです。
そして、放り出された患者さんは、病院から病院へドクターショッピングをくり返す……。けっきょく、大きな不利益を被るのは、患者さんということになります。
■3分間診療では患者さんの訴えから耳管開放症に気づくことができない
東洋と西洋の出会うところ
③③対症療法の限界の問題
インターネットでうわさを聞きつけたのか、私のクリニックには耳管開放症の患者さんがたくさん訪れます。EATと漢方薬という2つの治療法の併用によって、これまでなかなか改善できなかった難治の耳管開放症が快方に向かうようになっています。
漢方薬治療では、患者さん個々人の「証(しょう)」に合わせたオーダメイドの処方によって免疫系や自律神経系に働きかけ、体質改善を進め、耳管開放症の根治を目指します。
西洋医学的な治療であるEATも、病巣感染という観点から見れば、一種の根治療法であることは、すでに述べたとおりです。上咽頭に働きかけ、原因となる慢性炎症を鎮静化し、治癒へと導こうとします。
まさに、東洋と西洋の医学が力を合わせると、それぞれ単独で用いられたときより、高い治療効果をもたらすとわかってきました。現に、着々と成果を上げてきています。
一連の記事では、西洋医学の対症療法に対して、批判的な言葉を連ねてきましたが、むろん、私は、西洋医学がダメだとか、西洋医学より東洋医学のほうが優れているなどといいたいわけではありません。
西洋医学は、今後も、さらに対症療法的な側面を先鋭化させ、恐ろしいスピードで進歩発展するでしょう。むろん、それは、多くの人にとって大きな恩恵をもたらすはずです。
どちらが優れているかではなく、東洋と西洋の医学の長所と短所をよく理解したうえで、両者を患者さんのためにいかにうまく活用できるかが、今後もカギとなってくるでしょう。
患者さんのつらさを和らげるために、何がベストか常に考え続けること、それが医療に従事する者すべてに求められることではないでしょうか。
また、長い間、つらい状態に耐えてきた患者さんにも、決して絶望的な状況ではないとご理解いただければ幸いです。西洋医学だけではなく、東洋医学の智恵や、セルフケアなどをフル活用すれば、きっと明るい未来が見える。私はそう信じています。
■東洋医学の智恵や、セルフケアなどをフル活用すれば、未来は明るいと信じている
おすすめの本
なお、本稿は『謎の耳づまり病を自分で治す本』(マキノ出版)から一部を抜粋・加筆して掲載しています。詳細は下記のリンクよりご覧ください。