解説者のプロフィール

広川雅之(ひろかわ・まさゆき)
1962年、神奈川県生まれ。87年、高知医科大学卒業。同年、同大第二外科入局。93年、ジョーンズホプキンス大学医学部。2003年、東京医科歯科大学血管外科助手。05年、東京医科歯科大学血管外科講師。同年、お茶の水血管外科クリニック院長。内視鏡的筋膜下穿通枝切離術(99年)、日帰りストリッピング手術(00年)、血管内レーザー治療(02年)など、下肢静脈瘤の新しい治療法の研究・開発を行っている。医学博士、外科専門医、脈管専門医、日本静脈学会理事・ガイドライン委員会委員長、関東甲信越Venous Forum会長、日本血管外科学会評議員、日本脈管学会評議員。主な著書に『下肢静脈瘤は自分で治せる』(マキノ出版)などがある。
▼お茶の水血管外科クリニック
下肢静脈瘤は決して怖い病気ではない
2015年に上梓した前著『下肢静脈瘤は自分で治せる』(マキノ出版)が大きな反響を呼んだ影響もあり、下肢静脈瘤という病気の存在は、以前と比べてかなり広く知られるようになりました。
下肢静脈瘤の治療を行う医療機関がふえ、患者さんの間でも「適切な治療とセルフケアを行えば下肢静脈瘤は治せる」という認識が浸透しつつあります。
しかし、その一方で、医療の現場でも患者さんの間でも、いまだに誤解や偏見があるのも事実です。その点についてふれておきましょう。
まず、足にできた血管のコブやむくみが気になって医療機関を受診しても、ろくに検査や診察をせずに、「ほうっておいて大丈夫」という医師は、いまだに少なからずいます。これは、下肢静脈瘤がガンや糖尿病のように命にかかわるような重篤な病気ではないことが最大の原因です。
そのため、患者さんがなんとかしてほしいと訴えても、「弾性ストッキングをはきなさい」といわれるだけで終わってしまいます。また、患者さんもすごく痛かったり、つらかったりするわけではないため、いわれるままに弾性ストッキングをはくだけで、それ以上の対策を講じようとはしません。
しかし、普通の靴下よりきつい弾性ストッキングをはき続けるのはむずかしいので、いつしかはかなくなってしまい、その罪悪感から医療機関への足が遠のいて、「下肢静脈瘤難民」が生まれるのです。
そして、もう一つ、下肢静脈瘤に関する大きな誤解が、「下肢静脈瘤を放置すると血栓ができやすい」というものです。
血栓とは、血液が固まって、血管に栓のようにつまった状態をいいます。動脈に血栓ができると脳梗塞(脳の血管がつまる病気)や心筋梗塞(心臓の血管がつまる病気)になります。
よく下肢静脈瘤の血栓で脳梗塞や心筋梗塞が起こると心配されるかたがいますが、これらは動脈の血栓で起こるもので、静脈の血栓では起こりません。
下肢静脈瘤でよくいわれる血栓は、深部静脈にできる血栓のことで、深部静脈血栓症といいます。この血栓が血流に乗って流れていき、肺の血管がつまるのを肺血栓塞栓症(はいけっせんそくせんしょう)といいます。
肺血栓塞栓症は、一般的にはエコノミークラス症候群と呼ばれています。これは、飛行機のエコノミークラスの乗客に多く起こると最初に報告されたことに由来しますが、実際はエコノミークラス以外の乗客でも起こります。
最近では、地震や大きな災害のあとに、車の中で寝泊まりする人に多く起こるため、マスコミでもよく報じられるようになっています。エコノミークラス症候群を発症すると、呼吸困難や胸痛が起こり、最悪の場合は突然死することがあります。
下肢静脈瘤だと血栓ができやすいと誤解されるようになったのは、海外の研究で、「下肢静脈瘤のある人はエコノミークラス症候群になる確率が高かった」と報告されたことと、手術後に起こる肺血栓塞栓症予防のガイドラインで下肢静脈瘤が危険因子とされたためです。
しかし、飛行機に乗ってエコノミークラス症候群を起こす確率は非常に低く、下肢静脈瘤があると、その確率がわずかに高まっただけであり、手術後に関しても弱い危険因子でしかありません。エコノミークラス症候群は、極端に長時間飛行機に乗ったときや、入院して大きな手術のあとなど、特殊な状況で起こることがほとんどです。
つまり、普通の日常生活を送っている限り、下肢静脈瘤によって血栓ができ、エコノミークラス症候群を引き起こすことはまずないのです。血栓やエコノミークラス症候群を予防するために、症状がなくても下肢静脈瘤の治療を行うことはありません。
下肢静脈瘤は決して怖い病気ではありません。血栓が飛ぶこともなければ、コブが破裂して死ぬこともありません。潰瘍を起こしても、足を切断する必要もありません。どんなに重症化しても適切な治療を行えば必ず治るのです。
初期のものであれば、セルフケアによってじゅうぶんに対応することができます。そのことをぜひ知っておいてください。

下肢静脈瘤によってエコノミークラス症候群を起こす可能性はまずない
下肢静脈瘤のセルフチェック
とはいえ、自分には下肢静脈瘤なんかないと思っているかたもいらっしゃると思います。しかし、実は、たいていのかたが自分で自分の足をじっくり見たことはなく、下肢静脈瘤があるのに気がついていないことが意外と多いものです。
そこで、自分の足の状態を調べてみましょう。以下の方法で観察してみてください。
まず、足全体を見られるような短めのパンツにはき替えます。立ってすぐのときはコブが目立たないので、1~2分経過したら、足全体が映る大きさの鏡の前に立ち、
❶太ももの内側
❷ふくらはぎの内側
❸太ももの裏側
❹ふくらはぎの裏側
❺足首のまわり
の順に見ていきましょう。
必ず立った状態で見るのが大切です。大きな鏡がない場合は、手鏡を使ってもけっこうです。また、携帯電話やスマートフォンのカメラ機能を使って撮影をしてもよいでしょう。
血管がコブのようにふくれている、あるいは赤や青い細い血管がクモの巣状に認められれば、下肢静脈瘤の可能性があります。
最後に、下肢静脈瘤のセルフチェックの方法を紹介します。
【下肢静脈瘤のセルフチェックのやり方】
□ 夕方になると足が重くなる、だるい、疲れる
□ 足がむくんでいる(靴下の跡がいつまでも残っている)
□ 寝ているときによく足がつる
□ 足の血管が浮き出ている
□ 足にクモの巣のように細かい血管が見える
□ 足がほてる
□ 足に湿疹やかゆみがある
□ 足の皮膚が茶褐色になっている
□ 足の皮膚が硬くなっている
□ 近親者に下肢静脈瘤の人がいる
当てはまる項目が2個以上ある場合は下肢静脈瘤の可能性があります。当てはまる項目が4個以上ある場合は、医療機関での治療を受けましょう。
おすすめの本
なお、本稿は『下肢静脈瘤(血管の名医が教える最高の治し方)』(マキノ出版)から一部を抜粋・加筆して掲載しています。詳細は下記のリンクよりご覧ください。