解説者のプロフィール

広川雅之(ひろかわ・まさゆき)
1962年、神奈川県生まれ。87年、高知医科大学卒業。同年、同大第二外科入局。93年、ジョーンズホプキンス大学医学部。2003年、東京医科歯科大学血管外科助手。05年、東京医科歯科大学血管外科講師。同年、お茶の水血管外科クリニック院長。内視鏡的筋膜下穿通枝切離術(99年)、日帰りストリッピング手術(00年)、血管内レーザー治療(02年)など、下肢静脈瘤の新しい治療法の研究・開発を行っている。医学博士、外科専門医、脈管専門医、日本静脈学会理事・ガイドライン委員会委員長、関東甲信越Venous Forum会長、日本血管外科学会評議員、日本脈管学会評議員。主な著書に『下肢静脈瘤は自分で治せる』(マキノ出版)などがある。
▼お茶の水血管外科クリニック
静脈のしくみ
下肢静脈瘤(かしじょうみゃくりゅう)という病気の正体を知るために、まずは静脈のしくみから説明しましょう。
心臓は、私たちの生命活動の根源となる臓器です。1分間に60~90回のペースで、ポンプのように収縮と弛緩をくり返すことで、全身に血液を送り出しています。
この心臓から送り出された血液の通る血管が動脈です。動脈を通った血液は、栄養や酸素とともに全身をめぐります。動脈は、心臓から送り出されるときの圧力に耐えられるよう弾力があり、酸素を豊富に含んでいるため、内部の血液はあざやかな赤色を帯びています。
この一方で、全身をめぐった血液を心臓に戻す血管があります。それが静脈です。
静脈の多くは体の表面近くを走り、その壁は薄く、動脈のような弾力はありません。静脈を通る血液はどす黒い赤色をしています。これは、体の各部で使われた血液の老廃物(体内で不要になり体外に排出されるべき物質)や二酸化炭素を含んでいるためです。健康診断などで採血をしたときに、自分の血液がどす黒い色をしているのを見て驚いたことのある人もいるでしょう。
体の表面近くを走っている静脈は、皮膚の上からも透けて見え、太いものは浮き出ています。青っぽい色を帯びて見えるのは、前述したように静脈血がどす黒い色をしているのに加えて、血管自体が白っぽい色をしていて、それをさらに皮膚を通して見ているためです。決して青い血液が流れているわけではありません。
前述したように、静脈の多くは体の表面近くを走っていますが、すべての静脈が体の表面近くに存在しているわけではありません。
足の静脈は、足の深いところを通る深部静脈と、足の表面近くを通る表在静脈に分けられます。深部静脈は、いわば足の静脈の幹線道路のようなもので、足の静脈血の80~90%が流れています。
表在静脈は、さらに大伏在静脈(だいふくざいじょうみゃく)と小伏在静脈(しょうふくざいじょうみゃく)に分けられます。大伏在静脈は、足首からふくらはぎと太ももの内側を通り、太もものつけ根で深部静脈とつながっています。小伏在静脈は、足首からふくらはぎを通り、ひざの裏側で深部静脈とつながっています。
深部静脈と表在静脈の間には、穿通枝(せんつうし)という小さな血管があります。いわば、幹線道路と一般道を結ぶバイパスのようなものです。
足の静脈血は、大伏在静脈、小伏在静脈、穿通枝を通って深部静脈に流れ込み、心臓に戻っていくのです。
主な足の静脈

大伏在静脈は足のつけ根で、小伏在静脈はひざの裏で深部静脈につながる
下肢静脈瘤はなぜ起こる
足の深部静脈と表在静脈のうち、表在静脈に起こるのが下肢静脈瘤という病気です。
それでは、下肢静脈瘤はどのようなメカニズムで起こるのでしょうか。
動脈を通る血液は、全身をめぐるために、心臓から勢いよく送り出され、早く流れます。それに対して、体の隅々をめぐり、心臓に戻る静脈の血液はゆっくりと流れています。しかも、足の静脈は心臓よりも下に位置しているので、重力に逆らって心臓に戻らなければなりません。
そのため、私たちの体には、血液を心臓に戻す静脈還流(じょうみゃくかんりゅう)というシステムが備わっています。静脈還流システムは、次の三つの機能から成り立っています。
❶筋ポンプ作用
❷逆流防止弁
❸呼吸
①の筋ポンプ作用とは、歩いたり、走ったり、しゃがんだりというように、足を動かしたときに、ふくらはぎの筋肉(腓腹筋とヒラメ筋)が収縮と弛緩をくり返して、足の血液を心臓に向かって押し上げる働きを指します。
②の逆流防止弁とは、筋ポンプ作用によって心臓に向かって押し上げられた血液が逆流しないように働く弁です。静脈の内側についている「ハ」の字形をした薄い膜で、血液が通るときは開き、通過すると閉じるようになっています。
③の呼吸は、①の筋ポンプ作用と②の逆流防止弁の働きをさらに補う役割を果たしています。息を吸うと、胸部の外郭を形成する胸郭が拡大して、胸部の内圧が下がります。これにより、血液が心臓に戻るのを助けます。
静脈還流のメカニズム

以上の三つの働きのうち、どれか一つにでもなんらかのトラブルが生じると、足の静脈内を流れる血液が心臓に戻りにくくなります。すると、足の静脈に血液がうっ滞し、老廃物がたまったり、炎症が起こったりして、やがて血管の一部がコブのようにふくらんできます。これが下肢静脈瘤の正体です。
静脈還流のトラブルで最も多いのは、②の逆流防止弁がこわれることです。弁がこわれる原因としては、遺伝や加齢、生活習慣があります。
おすすめの本
なお、本稿は『下肢静脈瘤(血管の名医が教える最高の治し方)』(マキノ出版)から一部を抜粋・加筆して掲載しています。詳細は下記のリンクよりご覧ください。