解説者のプロフィール

市橋研一(いちはし・けんいち)
市橋クリニック院長。日本整形外科学会専門医。医学博士。関西医科大学卒業後、神戸大学整形外科学教室に入局。その後、公文病院整形外科、適寿リハビリテーション病院診療部部長、市橋クリニック副院長を経て、2000年より現職。食事療法を軸とした独自の治療法で、整形外科疾患や生活習慣病の改善など、数多くの成果を上げている。また、自身が開発した「ひざ軟骨再生療法」は、治癒率が高く、変形性ひざ関節症やスポーツ外傷などに悩む人たちが通い続けている。
▼市橋クリニック(神戸市東灘区)http://daichikai.or.jp/ichihashi/
こむら返り改善のカギは毛細血管
ここからは、こむら返りが起こる具体的な要因について解説します。
筋肉には、過剰に伸びたり縮んだりするのを防ぐために、筋紡錘(きんぼうすい)と腱紡錘(けんぼうすい)という2つのセンサーが働いています。筋肉の伸び過ぎを防ぐのが筋紡錘、縮み過ぎを防ぐのが腱紡錘です。
このセンサーがなんらかの原因によって誤作動を起こし、筋肉が縮んだまま元に戻らなくなった状態が、こむら返りです。
■筋紡錘と腱紡錘

筋紡錘・腱紡錘が誤作動を起こす要因として挙げられるのは、末梢神経(脳や脊髄などから出て全身の器官・組織に分布する神経)の異常、ミネラルバランスの乱れ、水分不足、筋肉疲労などです。
どれか1つではなく、いくつかの要因が複雑に絡み合って起こっていることもあるでしょう。実際のところ、こむら返りの実態はまだ完全には解明されていません。これら以外にも、考え得る要因はたくさんあります。
なかでも、私が要因の1つとして特に着目しているのは、「微小循環系の異常」です。
少し難しく聞こえるかもしれませんが、微小循環系とは、毛細血管を中心とした血液循環のことです。この血液循環によって、全身の細胞一つひとつに酸素や栄養が届けられ、二酸化炭素や老廃物が回収されています。
微小循環系に異常が起こると、血液だけでなくリンパ液など、体液全般の流れが悪くなります。
■動脈と静脈間で物質を交換する「微小循環」

私は、ひざ痛や腰痛といった整形外科的疾患も血流の悪さが原因ではないかと考え、数年前から特殊な測定器を使って、患者さんの毛細血管を画像でチェックしています。これまでに7000人を超える血管のデータが集まっています。
それを見ていて気づいたのが、こむら返りを訴える患者さんのほとんどが、血管の形が見えなくなっていたり、血管がウネウネと蛇行したりしていて、末梢の血流が悪くなっているということです。血管の背景も濁ったり黒ずんだりしていて、血管外のリンパ液の流れが悪くなり、老廃物が滞っていることがわかります。
このことから、こむら返りが起こる根底には、微小循環系の異常が関係しているのではないかと思い至ったのです。
毛細血管を中心とする微小循環系に異常が生じて体液の循環が悪くなると、新陳代謝(必要な物質を取り入れて不要物を排出する働き)がうまくいきません。
そうなると、体にさまざまな不調が起こったり、病気につながったりします。さまざまな不調や病気を予防・改善するためにも、微小循環系の異常は、大きな問題としてとらえるべきです。
この考えのもと、私はこむら返り=体液の病態ととらえ、その治療をライフワークとして取り組みながら、現在も研鑽を重ねています。本書でも、微小循環系の異常による体液の循環不良がこむら返りを引き起こすという観点から、話を進めていきたいと思います。
体液の循環不良を招く「ゴースト血管」
こむら返りを起こす人によく見られる、ウネウネと蛇行したり消えかかったりしているような毛細血管の状態を、「ゴースト血管」といいます。これは、毛細血管研究の権威である、大阪大学微生物病研究所情報伝達分野の高倉伸幸教授が命名したものです。
体に張り巡らされている血管には、主に心臓から血液を送り出す動脈と、全身から心臓に血液を戻す静脈、そしてこの2つをつなぐ毛細血管があります。毛細血管の全長は地球2周半分にあたる約10万㎞といわれており、全身の血管のなんと95〜99%を占めています。
毛細血管が体の隅々まで伸びて、一つひとつの細胞に酸素と栄養を運び、老廃物を回収することで、私たちは健康を維持できているのです。
そんな重要な役割を担っている毛細血管が、なんらかの要因でダメージを受け、血管内に血液が流れなくなると、血管の構造がくずれ、正常な機能を果たせなくなります。特殊な測定器で見たとき、血管が蛇行したり、だんご状に固まっていたり、途中で消えているように見えるのは、機能を果たせなくなった毛細血管です。
■血流が悪化すると毛細血管が消えてしまう

正常な毛細血管

ゴースト化して消失した毛細血管
毛細血管にダメージを与える代表的な要因の1つは、加齢です。20代と比べると、60代では30%、70代では40%も毛細血管が減ってしまうといわれています。
毛細血管の血流が悪化すると、酸素と栄養がその周辺の組織や細胞に届かず、老廃物が回収されません。すると、血管の先端がゴースト(幽霊)のように消え、まるで住民がいないゴーストタウンのようになってしまいます。
ゴースト血管は、シミ、シワ、たるみといった肌の老化をはじめ、便秘、高血圧、肝機能障害、腎機能の低下、喘息などの肺疾患、アトピー性皮膚炎、関節リウマチの悪化、糖尿病、網膜症、骨粗鬆症、認知症、ガンなど、さまざまな病気に関連していることがわかっています。
毛細血管の血流がどのようにして途絶えるかについては、少し専門的になりますが、できるだけかみくだいて説明したいと思います。
毛細血管は、内皮細胞(ないひさいぼう)と、それを補強する壁細胞(へきさいぼう)で構成されています。
内皮細胞にはTie2(タイツー)という物質があり、それが活性化することによって、内皮細胞どうし、また、内皮細胞と壁細胞が密着し、血液がスムーズに流れるしくみになっています。
Tie2を活性化させるのは、壁細胞から分泌されるアンジオポエチン-1という物質です。
■毛細血管を安定させる物質「Tie2」

加齢などなんらかの要因で壁細胞が傷つくと、アンジオポエチン-1の分泌が減少し、Tie2が活性化しなくなります。
すると、壁細胞がはがれやすくなり、毛細血管は血管の形状を保てなくなります。さらに、内皮細胞の間にもすき間ができ、そこから血液が漏れ出して、血流が途絶えてしまうのです。
■「Tie2」が活性化しないと…

毛細血管のゴースト化が進むと、リンパ管の働きも低下します。こうして微小循環系の異常が、体液の循環不良を引き起こしていくのです。
Tie2を活性化させて毛細血管を元気にする食事法は、後の記事で詳しくご紹介します。
ゴースト血管がこむら返りを引き起こす
前述したとおり、私は、こむら返りが起こる人の多くにゴースト血管が見られることから、微小循環系の異常がこむら返りを引き起こす大きな要因と考えました。そのメカニズムは、次のように考えています。
私たちの体では、筋肉にたまった疲労物質を夜間に回収し、肝臓でグリコーゲンに変換し、それを再び筋肉に戻してエネルギー源として使用する、といったエネルギー代謝が行われています。
ところが、毛細血管のゴースト化によって体液の循環が悪くなると、筋肉の中の疲労物質や老廃物を十分に回収できなくなります。
すると、筋肉疲労が慢性化して筋肉がかたくなり、それが原因で筋紡錘・腱紡錘が誤作動を起こし、筋肉が収縮したまま元に戻らず、こむら返りが起こるのです。
■微小循環系の異常がこむら返りを引き起こす
毛細血管がゴースト化して血液・リンパ液の循環が悪化
↓
筋肉の疲労物質や老廃物が回収できなくなる
↓↓
筋肉が硬化し、筋紡錘・腱紡錘が誤作動を起こす
↓↓↓
こむら返りが起こる!

特にふくらはぎの筋肉は、上半身の重さを支えるため、もっとも負担がかかる箇所です。特に疲労物質がたまりやすい箇所といえます。だからこそ、体液の循環が悪くなって疲労物質がきちんと回収されない状況になると、こむら返りが起こりやすくなるのでしょう。
日中の活動時ではなく、夜間にこむら返りが起こりやすいのは、夜間に行われるはずの疲労物質の回収がうまく行われていないため、と考えると納得できます。
当然、筋肉疲労が蓄積されていたり、スポーツなどで一時的に筋肉に負担がかかったりするときは、昼夜関係なくこむら返りが起こることもあります。
たとえば、寒いときに登山をした場合、冷えによって体液の循環が悪くなっている状態で筋肉疲労が加わると、こむら返りが起こりやすくなります。
交感神経の持続的緊張が毛細血管を攻撃する
「毛細血管にダメージを与える代表的な要因の1つは加齢」と述べました。しかし、足の痛みなどを訴えて私のクリニックにやって来る子どもたちの血管を見ていると、わずか8歳の子でもゴースト血管が見られます。血管をゴースト化させる要因は、加齢だけではないのです。
■微小循環系の異常は子どもたちにも急増中

8歳・女性のひざから足首の深部静脈(上画像)と薬指の先端(下画像)。血流がところどころ途絶えていて、毛細血管もまっすぐ伸びておらず、縮んでいる。
加齢以外で毛細血管にダメージを与える要因は、悪しき生活習慣です。特に、「交感神経を緊張させる生活習慣」が、ゴースト血管を招く重大な原因の1つといえます。
交感神経は、意思とは無関係に内臓や血管の働きを支配している自律神経の1つです。休息時に働く副交感神経に対し、活動時に働くのが交感神経です。毛細血管も、この2つの神経からなる自律神経の影響を受けています。
心臓から動脈へと送り出された血液は、細動脈を通って毛細血管へと流れます。細動脈と毛細血管の境には、前毛細血管括約筋という筋肉があります。副交感神経が優位のときは、その筋肉が緩むことで、毛細血管に血液が流れます。
ところが、交感神経が優位の状態が続くと、前毛細血管括約筋が収縮し続け、毛細血管への血流が少なくなります。そのため、毛細血管への血流が減り、血管のゴースト化へとつながっていくのです。
■自律神経が毛細血管の流れを左右する

おすすめの本
なお、本稿は『こむら返りは食事で治せる!』(マキノ出版)から一部を抜粋・加筆して掲載しています。詳細は下記のリンクよりご覧ください。